コラム

vol.02 市立芸大と工業高校

京都における高等教育は,美術や工芸の分野でも花開きます。

現在の京都市立芸術大学に連なる京都府画学校が明治13年(1880),同じく京都市立洛陽工業高等学校の前身である京都染工講習所が明治19年(1886)に開校したことに代表されます。それぞれ,芸術系大学,公立工業学校として全国で最も早くに創設されました。

明治に入り沈滞化していた京都の復興には,まず地場産業の振興が急務とされました。京都の地場産業といえば,今でいう伝統産業です。伝統産業のデザイン部門を支えてきたのは,四条派,円山派などの京都画壇の画家たちでした。画家たちによる要望活動が実を結び,美術教育の殿堂が生まれたのも,染色工芸を支える若手を養成するという目的で工業学校ができたのも,産業振興は人づくりであるという,明治・京都人の信条に裏打ちされたものであったのです。